東京高等裁判所 昭和46年(う)377号 判決
被告人 大沢喜代治
〔抄 録〕
所論は、原判決は、本件証拠物のタコグラフにより被告人が本件事故当時時速約八〇キロメートルで走行していた、と認定するけれども、右タコグラフのみによつて当時の時速を八〇キロメートルと認定するのは不十分であつて、かえつて、司法警察員作成の実況見分調書に現われたスリツプ痕の長さから判断すると、被告人車の時速は、六〇キロメートル以下であつたと認めるのが相当である。また、原判決は、被告人が被害者を発見した地点を右斜め前方約二八メートルと判示しているけれども、右距離は約二四・八メートルが正しく、原判決にはこれらの点において事実誤認、または審理不尽の違法があつて、破棄を免かれないと主張する。
そこで、右所論に基づき検討するに、押収にかかるタコメーターによると、被告人車の事故当時の時速が八〇キロメートルくらいであつたことを肯認しうるのみならず、(ちなみに、このタコメーターの精度になんらかのくるいがあつたことを窺うに足る証跡は存在しない。)被告人の司法警察員ならびに検察官に対する各供述調書の記載および被告人の原審公判廷の供述によると、被告人は、いずれも、自車の時速が約八〇キロメートルであつたことを自認している。なるほど、司法警察員作成の実況見分調書によると、事故現場には左右各二九メートルくらいのスリツプ痕が残されていたことが認められ、これに約二分の一秒時の空走時間に対する走行距離を加味すると、時速約六〇キロメートルという推算もなし得ないことはないけれども、本件のばあい、被告人車の正面が被害自転車の側面に衝突したうえ、被害者をボンネツト上にはねあげたままなお六・七メートル進行してようやく停止し、しかも自転車は、衝突地点から一七・七〇メートルの前方まではね飛ばされていた、というのであるから、これらの激しい衝撃による制動効果をも考慮にいれると、前記スリツプ痕の長さのみから被告人車の時速を推算することは当を得ていないばかりでなく、かえつて前記実況見分調書によると、被告人車は、被害者の車両を発見してから約二四・四〇メートル進行(<3>→<4>)して衝突しているが、その間相手方の車両は、約三メートル程度進行(<ア>→<イ>)しているに過ぎないことが認められるから、被害者の車両の時速が一〇キロメートルに多少欠ける程度のものであつたとしても(被告人は、司法巡査に対し、「自転車乗りがふらふら出て来た。」と述べている。)、被告人車の時速は優にその八倍を越えるものであり、しかもその際はすでに制動がかけられていたことを思えば、これによつても前記タコメーターの示度の正確なことが裏付けられるものと考えられるのである。
次に、司法警察員作成の実況見分調書によると、被告人が、被害者の自転車を発見したときの両者の距離は約二四・六〇メートルであり、被告人の検察官に対する供述調書によると右距離は約二五メートルとなつているから、原判決が右距離を約二八メートルと認定した根拠が明らかでなく、結局右は事実を誤認したものというほかない。しかしながら、被告人が被害者を発見したときの両者の距離が右の程度相違しているからといつて、これをもつてただちに判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとは認められないから、原判決破棄の理由とはならない。その他原判決には事実誤認はもちろん、審理不尽の違法も認められないから、論旨は理由がない。
(樋口 目黒 伊東)